2006.05.21
頼朝の追っ手から逃れるために都落ちを決意した義経が、西国を目指して船出した場所といわれているのが大物浦である。町工場が点在する所にひっそりと大物主神社はあった。境内の横には「義経弁慶隠家跡」の碑があり、隣には写真のような説明書きが記されてた。謡曲「船弁慶」では義経、静の別れの場所とされているらしいが、新・平家物語では静も義経主従と一緒に船に乗り込んだと記されている。そのためか単なる落書きか解らないが、黒く塗りつぶされている箇所があった。
今は埋め立てられて海からかなり離れた所にあるが、当時は一面ヨシや葦の河口だったのだろうか?