2006.08.26
源平合戦の最初の舞台となった一ノ谷周辺の史跡を訪れた。
今は一ノ谷周辺は須磨と呼ばれており、海水浴場や水族館などが有り、戦が繰り広げられた雰囲気はどこにも見られない。
源義経が率いる源氏が勝利したのだが、ここ須磨から神戸に掛けては平家にまつわる史跡が数多く見られ、源氏に関するものはあまり見られない。
源氏は後に鎌倉に幕府を開いたためか、関西は平家びいきのように感じるのは私だけか?

須磨海岸から鉢伏山方向を望む。

須磨浦公園の西のはずれに、熊谷次郎直実に討たれた、平敦盛の墓がある。当時弱冠16歳だったと伝えられている。
近くの須磨寺の境内には、敦盛と直実の戦の様子を描いたジオラマ「源平の庭」が作られている。



須磨寺の中には、「宝物館」があり、無料で見学できる。
